大英帝国の紅い月 The Scarlet Empire EP3 「影の中に潜む敵」
数日前からサンアンドレアス入りしていたスカーレットグループの面々に、激震が走った。バイスシティに滞在中の小悪魔から、建設途中であったショールームが襲撃を受けたとの報せが入ったのである。これによりショールームは焼失し、計画は白紙に戻されることとなってしまった。
会長であるレミリアは苛立ちを隠せない様子で、先程から何度も小悪魔と連絡を取り合っている。今のところ、襲撃を行ったのが誰であるのかは判明していない。分かっているのは、これがスカーレットに対して敵意を持つ者の犯行であるということだけだ。
「どこへ行かれるおつもりですか、お嬢様」
「スカーレットグループアメリカ本社よ。徹底的に犯人の情報を調べ上げてやるわ」
怒りの冷めやらぬ様子のレミリアは、スカーレットグループアメリカ本社へ向かうことを決意する。確かにこの邸宅に留まり続けるより、情報収集の効率はよくなるだろう。しかし、相手が証拠をほとんど残していない以上、あまり過度な期待は出来なさそうだ。
「……あの様子じゃ止めることも難しそうね」
レミリアは一度頭に血が上るとなかなかそれが収まらなくなってしまうタイプなので、しばらくは咲夜に任せておくしかないだろう。パチュリーは一度彼女のことを諦め、独断で情報収集することを決める。とはいえ、一人では効率が悪いので、誰か協力者を得る必要があるだろう。
「文はカルテルとやらの調査で忙しいんだったわね。となると……」
IAA長官である射命丸文は、パチュリーやキンジーと並ぶハッキング能力を持っている。だが、彼女は現在サンアンドレアスにて密かに活動を開始したカルテルという組織連合の調査で忙しいらしく、独自の調査に協力していられる程の余裕はないだろう。他にシンジケート内で優れたハッキング能力を持った人物というと、残るはアルターの風見幽香くらいしか思いつかない。
「もしもし? 少し頼みたいことがあるのだけれども」
幽香に電話を掛けると、しばらくした後に彼女の声が聞こえてきた。パチュリーが事情を話すと、幽香はすぐに来るようにと告げる。こうして約束を取り付けたパチュリーは、ガレージに止めてあった新しい愛車、スカーレット・ミッドナイトに乗り込み、ロスサントスのアルター本社を目指す。
「カルテルと直接繋がりがあるかどうかは分からないけど、最近妙な連中が動き始めているのよね……」
スカーレットグループにおけるハッカーの役割も担当しているパチュリーは、常日頃ネットなどのサイバー空間の様子も監視している。当初は特に気に留めてもいなかったのだが、ここ最近になって、複数回スカーレットグループアメリカのサイトにハッキングを仕掛けられた形跡が見つかっているのだ。果たして誰がそのようなことをしているのか。文が話していたカルテルとの関連性は不明だが、少なくともショールームを襲った連中とは、何らかの繋がりがありそうである。
一方その頃、バイスシティでは、小悪魔が一連の事件の対応に追われていた。マスコミの方は記者会見を開くことでどうにかなったが、今回の襲撃で受けた損害は計り知れない。ショールームが燃えただけならまだしも、警察の調査によってしばらくあの土地が閉鎖されることとなったため、新たな開発を行うことも出来ない状況なのである。
「とにかく今は、レミリアさんの指示を待つことしか出来ない……」
何か自分で打開策を見つけられればよかったのだが、そう簡単に思いつけるのであれば苦労はしない。じっと待つべきであることは、誰の目にも明らかだ。小悪魔が落ち着かない様子で連絡を待っていると、サンアンドレアスにいるレミリアから電話が掛かって来た。
「レミリア様! 何か分かったんですか?」
『ええ。先日のショールーム襲撃、どうも現地の犯罪組織が絡んでいるのは確かみたいよ』
「現地の犯罪組織、というと……」
バイスシティにはいくつもの犯罪組織が存在しているが、その中でも特に規模が大きいのがオーシャンズとバイス・キングスだ。小規模な犯罪組織にあのような芸当は出来ないはずなので、十中八九どちらかの仕業ということで間違いないだろう。
『今のところ、調べ上げられたのはこのくらいね』
「分かりました、ありがとうございます」
得られた情報は一つだけとはいえ、それは今後の調査に非常に大きな価値を持つものであった。犯人が二つに絞り込めただけでも、十分すぎるだろう。オーシャンズとバイス・キングス……いずれも強大な組織だが、自分の力だけでそれに対抗することが出来るのだろうか。
「取り敢えず、会社の方で色々と調べてみましょう」
小悪魔は愛車のスカーレット・クランベリーに乗り込むと、一路スカーレットグループアメリカバイスシティ支社を目指す。ショールームが襲撃されたということは、自分も狙われる危険があるということではあるが、だからといって自宅に引き籠っている訳にはいかない。彼女は周囲を警戒しつつ、バイスシティ支社へと向かう。既にこの時、周囲では敵が行動を開始していたのだということも知らずに……
『昨日未明、ワシントンビーチにある建設中であったスカーレットカーズのショールームが襲撃を受け……』
「物騒だねぇ」
バイスシティの報道機関は、挙ってスカーレットカーズのショールーム襲撃事件を報じていた。そんな報道を、自宅で酒を飲みつつ見つめている女性の姿が一人。発せられる言葉とは裏腹に、どこか掴めない雰囲気を漂わせている。
「あいつらが動き出した、ということかねえ。随分と大きな喧嘩を売ったものだ。精々、返り討ちに遭わないように気をつけることだね」
その場にはいない誰かに向かって語り掛けるような口調で話す女性。どうやら彼女は、スカーレットカーズを襲撃した犯人に心当たりがあるようだが……何故それが分かったというのだろうか。
「さて、一杯にやりに行こうか」
彼女はテレビのスイッチを消すと、既に泥酔しているというのに外に止めてあった車に乗り込み、バイスポイントにあるマリブクラブへと向かう。完全に飲酒運転なのだが、その目つきは冴えており、事故を起こすような気配は一切なかった。彼女は一体、何者なのか。少なくとも、シンジケートの敵という訳ではなさそうである。
EP2/EP4
スポンサーサイト